「合格する子」と「不合格になる子」
2月1日、都内中学入試の解禁日まで残りわずかになった。
毎年、私も早朝に試験会場まで出向き、愛する生徒に精一杯の檄を飛ばしている。
私が握手を求めると子供たちもギュッと力強く手を握り返し、試験会場へと乗り込んでいく。
小さな彼らの背中がその時にはひとまわり大きくなったような気がして、私はいつも「必ず合格する」と確信するのであった。
しかし、長年塾業界にいると「こいつは厳しいなぁ」という子供も一目見ただけでわかるようになってくる。
あくまで勘のようなものだが、これが毎年百発百中。不合格になる子のオーラというのがズバリ見えてしまうのである。
では、「合格する子」と「不合格になる子」の違いとはどこにあるのだろうか。
「合格する子」とは、本番でも「100%自分の力を発揮できる子」のことである。
本番だからと気負い過ぎることもなく、いつもと変わらない表情で試験会場に乗り込んでくる子供。
もちろん本番なのである程度の緊張はしていた方がいい。
しかし「合格する子」になるためには、緊張をしながらもその環境を楽しむこと。いかに普段の状態で受験できるかどうかが重要なのである。
一方の「不合格になる子」というのはその逆の状態にある子供のこと。
いよいよ本番だとガチガチに震え、表情がこわばり笑顔が作れない。
周りを冷静に見る余裕もなくなると、残念ながら実力を発揮できる状況にはない。
よく言われることだが、本番こそ「いつも通り」の自分でいることがなによりも重要なのである。
もしも私の教え子がこんな状態になっていたら、いつもの状態になるように、時間ギリギリまですべての力を注ぎこむ。
表情をほぐし、笑顔が作れるようになるまで、じっくりと話をするのである。
「今日朝ごはん何食べてきた?」、「昨日○○のテレビ見た?」など、他愛のない、どうでもいい話で構わない。むしろ、いつもと同じ会話が出来るようになればもう大丈夫。
もしも雑談もできない、ガチガチの状態で試験会場に送り出しても、良い結果にならないことはわかりきっている。
つまり、当日に「合格する子」かどうかを見分ける基準は簡単。「雑談が出来るかどうか」なのである。
ただし、有名校の入試では「緊張するな!」というのがムリな話かもしれない。
多くの場合、試験会場前では大手進学塾が隊列をなして、入試応援をしている。
巨大な横断幕に「がんばれ! 受験生!」というメッセージがドカーンと書かれ、近づいていくと「絶対合格しろよ!」と力強く握手され、と熱気ムンムンの気合い注入が行われている。
初めて受験するご家庭はこのある種異様な光景に圧倒され、一気に萎縮してしまうこともままあることである。
私は個人的にこれが好きになれない。
かく言う私もかつて大手進学塾に勤めていた頃は、この隊列をなした入試応援に参加していた。
という訳であまり偉そうな口は叩ける立場にはないのだが、こんな大人数のオジサンと子供が握手して何かいいことがあるのだろうか?
受験生にとって、握手する講師のほとんどは顔も知らない人間たちである。
これから本番へと向かう中、知らない人間と握手しなければならないという精神的な負担は、バカバカしい以外の何物でもない。
今まで教えてきてもらった先生やお世話になった事務のお姉さんなどであれば話は別だろうが、そんな知らないオジサンとの握手に御利益などあるはずもない。
中には子供の顔も見ないで握手するようなバカな奴だっている。自分の知っている生徒が来ないか探しているから、目は校門にしか向いてないのである。
そんなバカな講師であれば、手をまともに洗っていないかもしれない。風邪の菌を移される可能性だってある。
話を元に戻そう。もし入試本番でお子さんが「不合格になる子」の状態だったらならば、ご両親がじっくり話をして緊張を解いてあげることが大切である。
「合格する子」の状態、つまり雑談を楽しめる状態にしてあげてから、試験会場に送り出して欲しい。
朝の食卓、会場へ向かう電車の中、校門に向かって歩いている最中など、会話をする時間はたっぷりある。どうか親子のささやかな時間を過ごして欲しい。
決して、今まで努力をしてきたことを話してプレッシャーを与えないこと。
「あんなに頑張ったんだから、絶対合格しようね!」とは、言わない方が吉なのである。
むしろ「試験が終わったら美味しい物でも食べて帰りましょう」などと他愛のない話をすること。
それが我が子を「合格する子」にする、最後にできることなのです。
